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2018年4月29日日曜日

S41年卒業『ハワイ柴田会』懇親&激励会

 去る4月18日(水)、少々肌寒さを感じる陽気の中、恵比寿駅前のQiZ(クイズ)恵比寿ビルにある台湾中華・飲茶料理 「京鼎摟」で恒例のハワイ柴田会を開きました。
本会のメンバーは、柴田 仁君、清水 光行君、内藤 雅司君と中島で、それぞれの夫妻出席が原則です。

柴田君は、長年大手旅行会社の幹部としてハワイを舞台に活躍し、現在はHAWAIIに終の住まいを構えて年に1,2回来日しては旧交を温めています。

柴田君、清水君、中島は中学からの入学組で、柴田と中島はテニス部でペアを組んで近隣の公立中学等で練習試合を頻繁におこなっていました。(因みに、当時の日学は、ポンコウと、中学はポンチュウと呼称された。)

内藤君からの情報がキッカケで50数年ぶりに柴田君と再会してから、ハワイとゴルフが大好きな柴田・清水・内藤の3君に中島も加わって夫婦で参加の「ハワイ柴田会」が続いています。

特に今回は内藤君が、学校法人日本学園の常務理事の重責を拝することになったため、激励会も兼ねて行われました。母校の再興に「内助の功」も期待して盛会裏にお開きとなりました。

S41年卒 中島 秀治
 


2018年4月9日月曜日

S41年卒 旧G・H・I組(高1・2迄)今年度3回目の『クラス会「古希の会」』開催



3月31日(金)、新宿西口「北の海道」(高級居酒屋?)にて今年度3回目の『クラス会・「古希の会」』を9名(”新人”=初参加・竹添君 元東工大教授&名誉教授)の出席を得て、開催しました。「古希の会」と云う事で、普段より多くの知り得る”友”に参加を呼び掛けましたが、年度末の”大事な日付け”が影響(?)したのか、残念ながら結局9名の出席でした。

例の如く高校時代の懐かしい話で盛り上がり、近況報告、そして学園の現況報告(中・高入試、大学進学結果等々)を真剣に議論しあい、楽しくも”真面目”な3時間弱の「古希の会」でした。また、次回は他クラスも巻き込んだ、”大掛かりなクラス会”を企画・実施しょうとの提案があり、一同賛同の意向で散会しました。
解散後、出席者の5割強が楽しさの余韻で、近所の「カラオケ店」に行き、更なる旧交を温めていました。

S41年卒 阪上 正

2017年12月21日木曜日

S41年卒 旧G・H・I組(高1・2迄)「クラス会・忘年会」開催

12月15日(金)、表参道「芋蔵」(高級居酒屋)にて今年3回目の「クラス会・忘年会」を9名(”新人”=初参加・岩永君)の出席を得て、開催しました。
前回(7/26)は11名の参加でしたが、今回忘年会最適日(?)に重なってしまった為か、都合を付けられない同期が結構な人数になってしまいました。それでも前回同様楽しく語らい、学園の現況(梅窓会の窮状=会費・寄付金収入が年々減少傾向)も報告し、特に梅窓会会費納入を全員にお願いしてきました。和気あいあいの2時間強程の中、次回、来年全員が「古希」を迎えたところで、「古希を祝う会」開催を約して、解散しました。



S41年卒  阪上正

2017年9月9日土曜日

S41年卒 旧G・H・I組 (高1・2迄)「クラス会」開催

7月29日(土)、新宿西口「北の海道」(高級居酒屋?)にて卒後51年を経て、今年2回目の「クラス会・暑気払い」を11名の出席を得て、開催しました。
前回(初回2/26)は渋谷にて10名の参加でしたが、今回は前回の”楽しさ・懐かしさ”があったのか、各人それぞれ前回未出席者に声を掛けて貰い、結果的に+1名でしたが・・・(次回見込み+4~5名) 高校時代の事・その後の事・生き様等々を楽しく語らい、また、学園の現況も報告し、和気あいあいの2時間強程の中、終了しました。(今年中にもう1回開催予定)
解散後、出席者の7割程が楽しさの余韻で、近所の「カラオケ店」に行き、更に旧交を温めていました。


S41年卒 阪上




2016年9月17日土曜日

131年振りの懇親会

9月3日(土曜日)、明治20年創業の天婦羅の老舗、浅草「大黒屋」にて「落語を楽しみ、天婦羅をグルメする会」が行われました。この会は中央大学白門46会(中央大学を昭和46年卒の同期会で幹事は日本学園41年卒清水正敏)が毎年、何回か行うイベントの一環で、白門46会が日本学園を昭和42年に卒業した三笑亭夢太郎師匠(落語芸術協会理事)をお呼びして開催いたしました。浅草大黒屋4代目社長が白門46会ということもあり、白門46会から30名、そして日本学園OB等15名が参加し盛大に行われました。

明治18年英吉利法律学校(中央大学の前身)と東京英語学校(日本学園の前身)が神田錦町の校舎を共用するということで両校が設立いたしましたので、実に131年振りに両校のOBが相まみえたことになりました。
また白門46会の出席者には新宿の保善高校増田理事長代行の遠藤理事もおり、日本学園より出席の小川常務理事、小岩校長とOBとで日本学園と保善高校との親交を深めることもできました。


清水正敏(昭和41年卒)    写真:松井啓真(昭和42年卒)


明治22年、改築後の神田錦町校舎
左側が東京英語学校、右側が英吉利法律学校
写真寄贈・中央大学[資料室所蔵]
両校の初代校長 増島六一郎先生紹介
[中央大学チャンネルより]
会場となった天婦羅の老舗、浅草「大黒屋」
受付担当の日学OB。さすが受付は慣れています。

開演まじかの特設寄席会場
夢太郎師匠と司会の清水

高座での夢太郎師匠

 天婦羅を食べながら両校の交流が始まります。


2014年5月20日火曜日

昭和41年卒同期会 開催報告  

4月5日(土)渋谷東武ホテルにて、2年振りに開催。同期出席者は30名、来賓は榎本理事長と宮原梅窓会副会長の2名、前回出席の井上弘郷先生と渡辺克夫先生は体調不良で欠席。

我が期は60代半ばの団塊世代、2年後の平成28年に卒業50年を迎える。我が期の狙いは、この卒業50年目の平成28年3月の高校卒業式に皆で参加し、高校卒業生とともに自分たちの50年の節目を祝うこと。日学は卒業50年目のOBを毎年ここに招待しているので、この機を逃す手はない。卒業当時A~I組まで450名弱、このうち住所不明者は170名、2年後までに住所不明者を少なくして、出席者を2倍3倍に増やし、卒業式に臨む。今回の同期会はその前哨戦とも言える。今回の同期会では、出席者全員と話せ、2年後の手応えを感じた。

榎本理事長から報告の通り、現在日学を取り巻く環境には厳しいものがある。こんな時期だからこそ同期会の"絆"が大事。2年振りに会って、楽しく語って飲んでいるだけでは駄目。この"絆"を後輩たちに連鎖させたい。

2年後のXデーに向けて気合が入ってきた。2年後は41年卒"全員集合"だ !

幹事 清水正敏



2012年5月19日土曜日

昭和41年卒・同期会・開催報告

4月21日(土)に渋谷東武ホテルで昭和41年卒・同期会を開催いたしました。出席者は54名、内訳は来賓4名(榎本理事長・谷川校長・恩師の渡辺・井上両先生)と同期50名でした。

今回のようなA~I組までを巻き込んだ同期会は初めてです。今までは高2のA組B組で4年に1回程度20~30名が集まって開催していましたが、ここに来てようやく横断的な集まりを開くことができました。幹事が目標としていた50名をクリアしたのでホッとしています。これは懐かしさだけでなく、最近の日学の進学実績、スポーツ面等が往年のごとく注目されるようになったことも、同期会へ足を運んでくれた要因だと思います。我々は団塊世代の真ん中の昭和22・23年生まれの64・65歳、卒業して46年目、あと4年で半世紀になります。

さて、同期会は内藤君の司会により進められ、榎本理事長と谷川校長の日学の近況報告があり、最近の文武両面におけるV字回復や明治大学との教育連携の話に関心が集まりました。渡辺先生の乾杯の音頭の後、懇談に入り、中島君の中締めまで、井上先生、生徒会役員だった伊藤・加藤両君、日学の学校案内に載っている高井君の思い出話が続き、大平君の津軽三味線演奏もあり、懐かしさと談笑の2時間半となりました。サプライズはフィリピンにいる神山君から会場に電話が入ったこと。よほど出席したかったのだなと同期全員が感動していました。

同期会は2年後にも開催します。そして卒業後50年目となる4年後には母校の卒業式(日本学園では毎年卒業後50年目を迎えた卒業生を式に招待してくれます)に出席し、それから同期会を開く、これが我々のスケジュールとなっています。

2年後の再会を誓って記念撮影!  クリックで拡大


来賓の榎本理事長・谷川校長・恩師の渡辺・井上両先生


幹事 S41卒 清水正敏