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2017年11月17日金曜日

松原界隈

松原界隈・あの場所はいま?を連載したのは2012~2013年でした。
あれから4年、とっくの昔にGoogleストリートビューで全国津々浦々まで街角が見れます。さらにそこからGoogle Earthに切り替え、今の母校を空から眺めるとこんなです。世田谷の一等地になんと緑豊かな学園でしょうか。
鳥になって懐かしい松原界隈を眺め、地上に降りて今の街並みを見て回ることができます。急速な時代の進歩は大変なものです。

Google Earth

梅窓会 広報部会

2013年2月16日土曜日

松原界隈・あの場所はいま?

その場所-4:京王自動車学校

OBの記憶に残る風景を紹介するこのコーナー、今回は本当に記憶だけになってしまった場所をお見せします。 かって明大前駅そばにあった「京王自動車学校」です。

 昭和50年代の明大前駅周辺 

上の写真をご覧ください。横に走っているのが京王線(右が新宿方面)、縦に走っているのが井の頭線(下が渋谷方面)です。そして井の頭線の線路に沿って、在りし日の「京王自動車学校」が写っています。懐かしいですね・・・

「京王自動車学校」は線路左手マンションの場所にあった。 
母校は線路右奥方面。井の頭線の跨線橋から撮影。 

実は私も大学在学中に同校で運転を習ったのでありまして、その構造をよく覚えています。井の頭線の線路へ落ちる崖の高低差を活かした上下2層の珍しい練習コースを持つ教習所で、甲州街道へのアクセスも抜群でした。この「京王自動車学校」、どうも平成に入った頃に廃業したようですが ネットで検索しても、当時の情報が皆無でありまして残念無念であります。その跡地には丸紅系のマンションが建っています。

道路左手に教習コースがあり、金網越しに狭いコースを 
ゆっくり走る教習中のクルマを見ることができた。
学科の授業を受ける教室棟は手前の渋谷方面に建っていた。
道路正面が京王線の線路をくぐるトンネル。左へ曲がれば井の頭線の跨線橋です。

当時の面影が残るコインパーキングのスロープ。 
下層のコースに路上教習を終えた教習車が入っていく風景を思い出す。 

世田谷の住宅密集地にあったコンパクトな教習所、京王自動車学校。 どのような事情で消滅したのか、今では知る由もありませんが、クルマが若者の憧れだった時代、母校の生徒たちにとって、あのくすんだ印象の京王自動車学校も、夢のライセンスを手にすることができる場所でありました。

梅窓会 広報部会

2012年12月22日土曜日

松原界隈・あの場所はいま?

その場所-3:明大前駅改札 

久しぶりの松原界隈です。OB諸兄の中には他府県や世界各国で活躍されている方が数多くいらっしゃいます。また、首都圏に住んではいるが、明大前には久しく行ったことがない、という方も多いのでは?そこで今回は変化と懐かしさが程よくミックスしている明大前駅改札付近をご覧いただきます。

 昭和50年代と改札・階段等の位置・構造はほぼ同じ。 
ちなみに改札内左スロープを上がった左手奥のトイレも健在。 
「京王帝都電鉄」は1998年に「京王電鉄」に社名変更して新CIを導入した。 

左手が甲州街道&明治大学方面。駅前は拡張されて広場となり、 
甲州街道へ出る道路が整備された。日本学園は明大教育連携高となり、 
「明大前」は南北に、その駅名に相応しい学校がある駅になった。 

 定期券売り場も昭和50年代と同じ位置にある。 
購入用紙と机が懐かしい。ちなみに駅前の小さな本屋さんは、 
広場に合わせてセットバックしたビル1階で健在。 

 拡張された駅前広場。昭和50年代には 
右手クルマのあたりまでが駅前スペースだったような・・・ 
日本学園へ向かう京王線高架下のトンネルも健在。 

 京王線高架下のトンネル。右手に並ぶトタンの看板も健在。 
昭和50年代には日本学園の看板もあった。 
左手には京樽やDTPの店ができた。 

トンネルを抜けた正面の日本学園へ向かうくだり坂も健在。 
ちなみに右へ曲がって線路沿いに学校へ向かう生徒も多かった。 

というわけで小田急線やJRが次々と高架線化する中、昔の面影を今に残す京王電鉄・明大前駅でした。お正月休みに、ちょっと足を伸ばして母校のある街を散策されてはいかがでしょうか。

梅窓会 広報部会

2012年6月22日金曜日

松原界隈・あの場所はいま?

その場所-2:春夏冬

新企画「松原界隈・あの場所はいま?」でございます。「卒業以来、母校のある街、松原界隈はとんと御無沙汰・・・」そんなOBも多いのでは?このコーナーは日学OBの記憶に残っているであろう、松原界隈の風景やお店などを広報部会スタッフが訪れ、「今どーなっているのか?」を赤裸々にお見せして、思い切り懐かしがっていただくコーナーです。


第2回は日校健児&学園関係者の空腹を満たし続ける店「春夏冬」さんであります!創業は今から37年前の5月だそうですから、70年代半ば以降の卒年OBなら、一度は食べたことがある懐かしい中華飯店ではないでしょうか?壁面の母校の看板は、この建物の大家さんが「日本学園・剣道教室」の練習生だったそうで、そのご縁で剣道教室の宣伝をこのような形でご協力いただいているとのこと。実に目立ちます!


「春夏冬」さんの名物メニューとして記憶に残るのが「特大ワンパンチ(醤油ラーメンのみ)」であります。 4玉の麺を使った大盛りメニューの先駆けで、タライのごとき特製どんぶりはチャレンジャーの食欲を一気に萎えさせる迫力がありました。20分の制限時間内に完食しますと粗品進呈というシステム。奥様によると最短時間で完食したのは日本学園の生徒で、わずか11分で平らげたそうです。運動部の生徒ですか?と聞くと「いいえ、帰宅部の生徒さんでしたよ」とのこと。残念ながら「特大ワンパンチ」は20年前にメニューから消えましたが醤油ラーメンは健在です!


ところで「春夏冬」さんの店名の由来をご存じですか?春・夏・冬で無い季節は何でしょう?秋ですよね。つまり「秋が無い」=「あきない(商い・飽きない)」の意味が込められているそうです。三十数年を経て知った衝撃の事実!店内には松原小学校の先生をされていた山下景雲氏の揮毫「春夏冬・二升五合(あきない・ますますはんじょう)」(写真左上額)が掲げられていました。


2012年5月21日月曜日

松原界隈・あの場所はいま?

あの場所-1:菅原神社

日学ファンのみなさま、300年に一度の金環日食、ご覧になりましたか?そんな歴史に刻まれた日に始まりました梅窓会ブログ新企画「松原界隈・あの場所はいま?」でございます。OBの中には地方や海外でご活躍されている方や卒業以来、松原界隈を訪れたことが無い方もいらっしゃることと存じます。このコーナーは、日本学園OBの記憶に残る、松原界隈の風景やお店などを広報部会スタッフが訪れ、「今どーなっているのか?」を赤裸々にお見せして懐かしんでいただくコーナーです。

 その第1回は母校の「開かずの裏門」から下高井戸方面に徒歩約60秒で到達する「菅原神社」です。同神社は寛文五年(1665年)に石井兵助なる者が寺子屋を開き、学問の神様である菅原道真公を祀ったのが始まりとされる松原地区の鎮守様。運動部OBならランニングの途中に通り過ぎた懐かしい場所ではないでしょうか?私も友人と日向ぼっこをダラダラ楽しんだ思い出があります。

さすが学問の神様・菅原神社だけに「合格祈願」の絵馬がずらり!在学中はそんな霊験も知らずにベンチで居眠り・・・どうりで全滅&浪人したわけだ・・・

社殿左には弁天様を祀った厳島神社と弁天池があります。新緑の香りと水音が心に沁みる一角。しかし、これも僕の記憶に無い風景です。要するにベンチで居眠りしたことしか覚えていないワケで・・・あの頃はひたすら眠かったなぁ・・・

道真公を祀った神社・天神様・天満宮ではお馴染みの梅&神牛も、社殿に向かって右手に配置されております。牛の鼻は受験生に磨かれてピッカピカ!優秀な在校生諸君は、ぜひ朝な夕なに参詣していただきたい! 

菅原神社は「せたがや百景」にも選ばれています!詳しくはこちら!

★OBが見たい場所リクエスト・募集中★
当コーナーではOBが「今どーなっているのか見たい・・・」という風景やお店を募集します。当コーナーのコメント欄に、その場所やお店の名称・位置などを気軽に書いてください。広報部会にて内容・情報精度・取材難易度等を検討し選んだ場所を取材・紹介いたします。
*応募者は日本学園OBに限ります。
*コメント欄に必ず卒業年度&名字を書き込んでください。
 (例)「昭和51年卒・山田」(匿名・仮名・ペンネーム不可)
*見たい風景・店舗等は日本学園から徒歩約20分圏内でお願いします。
*恐れながらリクエストの採用・不採用は広報部会一任とさせていただきます。

梅窓会 広報部会