2012年2月20日月曜日

速報!「三笑亭夢太朗師匠&高田文夫氏」講演会開催!

2/20(月)14:00~日本学園体育館でPTA主催「三笑亭夢太朗師匠&高田文夫氏OB講演会」が開催されました!落語芸術協会理事として長きにわたり落語界をリードする三笑亭夢太朗師匠、放送作家・演芸評論家・落語家・ラジオパーソナリティ等、幅広い分野で才能を発揮されている高田文夫氏、おふたりは昭和42年に日本学園を卒業した同級生です。

必見!梅窓会ブログ11/7(月)「お江戸日本橋亭」OBビッグ対談はこれだ!
http://baisoukai.blogspot.com/2011/11/117ob.html

昨年11/7(月)「お江戸日本橋亭」における恒例の「夢太朗の会」で実現した、日本学園史に残る伝説の「同級生ビッグ対談」から約4カ月、今度は母校・日本学園にステージを移し「夢太朗師匠の高座」&「同級生ビッグ対談」の2部構成をそのままに、在校生・保護者・OB・学園関係者限定の豪華な講演会が実現しました!


講演会は夢太朗師匠の高座からスタート!日本学園が誇る巨大な体育館を埋め尽くした後輩たちの万雷の拍手に迎えられた夢太朗師匠。落語の基礎知識とご自分のプロフィールをユーモアを交えて説明した後、古典落語の名作「竹の水仙」を披露。「竹の水仙」は古典落語の中でも比較的ストーリーが分かりやすい一席とのこと。このあたりに古典落語を優しく後輩に伝えたいという師匠の思いやりを感じます。


ほとんどの生徒が噺家の高座を聞くのは初めて。しかし、夢太朗師匠は巧みな話芸で後輩たちの心を惹きつけて行きます。ちょっとしたオチに気付き思わず笑い出してしまう生徒たち・・・さすが古典落語を極めた大先輩の高座はちがう!聞き惚れているうちに約30分の高座は終了。初めて体験した落語の世界に大感動した生徒たちでありました!

落語芸術協会:三笑亭夢太朗氏のプロフィール&高座予定も載っています!http://www.geikyo.com/profile/profile_detail.php?id=58



続く第2部ではLFニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」のスタジオから放送終了後、母校に駆け付けてくださった高田文夫氏と夢太朗師匠の「同級生ビッグ対談」がスタート!在校生のヤンヤの拍手で迎えられた両先輩、しかし、このゴージャスなトークショーに最も盛り上がっていた集団は、実は「俺たちひょ―きん族」「ビートたけしのオールナイトニッポン」等で高田文夫氏の洗礼を浴びたOB・保護者・先生方かも・・・


「秀才もいればヤンチャもいた、やりたいことは何でも自由にできた、今の仕事も日本学園で出会った友だちの影響が大きい・・・」などなど・・・日本学園の思い出をギャグを交えながら熱く語る高田文夫氏(日本大学・芸術学部・放送学科卒)。さらに、あの有名人のちょっと面白い裏話も披露!体育館は笑いの渦に!

ニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」HPはこちら!http://www.1242.com/takada/
”PODCAST”のバナーをクリック!
過去にO.Aされたオープニングを視聴できる!
2/20(月)来校当日の生放送で日本学園&講演会を紹介しています!
2/21(火)O.Aもチェック!来校の感想を話してくれるかも。




「面白いナと思ったこと感じたことはどんどんやるべき!好奇心があればワラジは何足履いてもいいんだ!日本学園に入ったことをチャンスと思え!この学校で出会った友だちは一生モノだ!大切にしよう・・・・」。厳しい芸とメディアの世界で鍛え抜かれた両先輩ならではのホンネトークが炸裂!脱線&爆笑と軌道修正を繰り返しつつ、講演会は大団円へ・・・


在校生から大先輩へ質問タイム!中等部、次期生徒会長、高等部野球部員の生徒代表3名が上方落語と江戸落語の違いや落語界・芸能界の仕事やキャリアについて、たぶん事前に考え抜いたであろう知的で鋭い?クエスチョンを投げかけます!


在校生の質問に答える両先輩。「ところでキミ、次期生徒会長のマニュフェストは何ョ?・・・硬式野球部は最近強いの・・・?今年こそ勝ってくれよ、たのむョホントに・・・」などなど、自由の気風に磨かれた日学OBらしい強烈なオーラを放つ両先輩の「逆質問」に生徒たちもタジタジ・・・最後まで笑いが渦巻きます!


在校生から感謝を込めて両先輩に花束贈呈!最後まで可愛い後輩たちをイジリまくる夢太朗師匠&高田氏。本当にありがとうございました!講演会終了後、両先輩は短い時間でしたが懐かしい母校のキャンパスに立ち、しばし思い出にひたっていました。その後、高田氏は「立川談志さん追悼公演」出演のため浅草へ、夢太朗師匠は梅窓会運営委員と会議室で歓談し、旧交を温めて寄席へお戻りになりました。主催のPTAのみなさま、おつかれさまでした。夢太朗師匠、高田先輩、また近い将来、日本学園限定のデラックスな講演会をお願いします!

梅窓会 広報部会

我流展景-日校Photoスケッチ(2月-2)

彼は一号館とならぶ学園の長老だ・・・ 

階段の軋みに幾星霜の記憶を秘めて・・・  

図書館、音楽室、理事室・・・その役は移り変われど・・・ 

長老は誇らしく、冬空を見上げている・・・ 


広報部会 S56卒 永澤

2012年2月18日土曜日

2/22(水)日学OB・斉藤工氏メジャー2ndシングル発売!

2月22日(水)俳優・アーティストとしてテレビ・映画・舞台で才能を輝かせる
斉藤工氏(H12年卒)のメジャー2ndシングル「サクライロ」が発売されます!
 

「サクライロ」は、2011年8月発売のデビューシングル「燦々」に続き、一青窈、EXILE等への楽曲提供で知られるマシコタツロウ氏の作曲。厳しい寒さを吹き飛ばす、春らしい爽やかな楽曲に仕上がっています! 

「サクライロ」サイトはこちら!握手会イベント情報も掲載!
http://columbia.jp/saitohtakumi/

YouTubeで斉藤工氏「サクライロ」PVを見よう!
http://www.youtube.com/watch?v=HfP64CJU29c

初回盤A、Bはシングルと同名のショートムービー「サクライロ」DVDとの2枚組。セットされたDVDショートムービー「サクライロ」(斎藤工氏主演)は、新曲「サクライロ」をモチーフに斎藤氏原案のストーリーを「アヒルと鴨のコインロッカー 」(2007)「ゴールデンスランバー 」(2010)、さらに斎藤氏も出演している「悪夢のエレベーター」(2009)などの脚本を務める鈴木謙一氏が脚色・脚本を担当。斎藤氏本人が共演者やロケ地、衣装などの美術面まで、撮影の全てに関わった「初監督作品」となっていことも大いに注目されます!

<原作・逆転裁判/左上のキャラクターが斉藤氏演じる御剣怜侍> 

大ヒット上映中!「逆転裁判」オフィシャルサイトはこちら!
http://www.gyakutensaiban-movie.com/

2011年はNHK大河ドラマ「江」、日本テレビ10月期深夜ドラマ「QP」、主演映画「明日泣く」(11/19公開)等で活躍した斉藤工氏。2012年はカプコンの近未来・法定バトルアドベンチャーゲームを原作とする映画「逆転裁判」(2/11~公開中)で主人公の弁護士・成歩堂龍一(成宮寛貴)のライバル、冷徹な天才検事・御剣怜侍を演じています。日本学園OBのメジャーアーティストとして常に新しい領域に挑み、無限の才能を開花させていく斉藤氏から、今年も目が離せません!

最新情報満載!斉藤工氏オフィシャルサイトはこちら!
http://saitoh-takumi.jp/home/


梅窓会 広報部会

2012年2月16日木曜日

今井兼次博士・絵日記原画の公開授業が行われました!

1月中旬、公立・前橋工科大学(群馬県・前橋市)工学部・建築学科・石川恒夫准教授の授業で、今井兼次博士(日本学園OB・早稲田大学名誉教授・日本芸術院会員)の「絵日記」原画が特別公開され、その模様が同大学・非常勤講師としてご活躍されている遠野未来氏のブログ「自然素材といのちの場」に掲載されています。

遠野未来氏のブログ(公開授業の模様)はこちら!
今井兼次博士(1895~1987・下から3番目・東洋学園資料室HPより)
写真は東洋女子短期大学(現・東洋学園大学)屋上の作品
「フェニックス・モザイク」で同短大学長他の関係者と共に。


『今井兼次絵日誌‐昭和16年』(早稲田大学出版局)
約8年におよぶ絵日記の中から昭和16年の1年間を紹介されている。

有形文化財・日本学園一号館を設計し、二号館、木造棟(旧図書館)・守衛舎を設計監修された今井兼次博士は第二次世界大戦の前後8年間にわたり、ほぼ毎日、絵日記を描き続け、約80冊の遺作が残されています(保管:多摩美術大学)。今回の授業は、その原画を学生に実見させることで、ガウディ、シュタイナー等の建築を日本に初めて紹介し、自らも建築家・教育者として優れた作品を残した今井兼次博士の瑞々しい感性に触れることを目的として行われたと思われます。

石川恒夫准教授プロフィールはこちら!
http://www.maebashi-it.ac.jp/lab/kyouin/2_kenchiku/ishikawa.php

石川恒夫准教授は、日本における今井兼次博士研究の第一人者であり、「人間と住環境との全体的諸関係についての学」であるバウビオロギー(建築生物学)の理念を通じて、環境と調和する健康的な建築の在り方を研究されています。また多摩美術大学を中核とする「今井兼次研究会」の中心メンバーとしてもご活躍されています。同授業をブログで紹介された遠野未来氏は早大大学院を卒業後、1995年に「遠野未来建築事務所」を設立し、「土に還るやわらかな空間=いのちの建築」を目指してご活躍されています。*遠野氏のプロフィールはブログ「自然素材といのちの場」をご覧ください。

広報部会では今後、日本学園資料室委員会・多摩美術大学および「今井兼次研究会」と連携し、日本学園一号館・二号館・木造棟等、今井博士が手がけた建築作品の資料・情報を収集・公開していく計画です。どうぞご期待ください!

遠野未来氏が2/17付のブログ「自然素材といのちの場」で当記事を紹介してくださいました。
遠野様、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
http://tonomirai.jugem.jp/?eid=1194


梅窓会 広報部会

2012年2月15日水曜日

「漢の花園」ANNEX~梅花情報①~

そろそろ梅の花が咲き始める季節ですが・・・
例年以上の寒さのためか、昨年秋の剪定の影響か、
今年の開花は少々遅れているようです。
日本学園の森には2本の梅の木がございます。
そのうち比較的開花が早い小道沿いの一本でも、
ご覧の通りやっと蕾がふくらんできた状態であります。

2/18(土)日本学園では校祖・杉浦重剛先生の遺徳を全校生徒で偲び、
先生・生徒の代表が文京区「伝通院」に赴き墓参を行う「景仰会」が行われます。
雅号を「梅窓」とするほど、楚々とした風情の梅花を愛された杉浦先生。
例年ですと学園で咲いた梅枝を墓前に供えるのですが、今年はこんな具合ですから、
一部咲きぐらいの梅枝を供えることになるかもしれませんね。

 広報部会 S56卒 永澤 

2012年2月13日月曜日

硬式野球部が「最強整地サポートマシン」を導入!

グラウンドから運動部員たちの元気な声が聞こえてくる、そんな2/11(土・祝)の午後。寒中がんばる彼らの雄姿を撮影しようと、土手を登った私の目の前に、そのマシンは、いきなり現れたのでありました・・・!オオ!これはなんじゃ!?さっそく私は指導で忙しい硬式野球部・八木監督に直撃取材を敢行したのであります!

 
ワイドなトレッドが際立つスパルタンなフォルム! 
ダイハツ製TYPE-21/290ccエンジン搭載(販売:三洋電機ゴルフシステム㈱) 

八木監督によると、このクルマは昨年12月に導入されたグラウンド整地用マシンとのこと。ベースはなんと、格安で購入した中古のゴルフカートであります!都心とは思えない広さを誇る日本学園の土のグラウンドは、アスリートたちに怪我をしにくく、脚に優しい運動環境を提供していますが、万全なコンディションをキープするためには、頻繁な整地が欠かせないのであります。

巨大な竹やりマフラー!ではなく箒入れがイカス! 
背後に結び付けた橇状のBIGブラシでグラウンドを掃き清める。 

指導で忙しい中、笑顔で取材を受けてくださった八木監督です。 
ありがとうございました! 

中古ゴルフカート(改)最強整地サポートマシンは、この整地を効率よく行うために導入されました。とはいえ、機械に頼ろうという根性ではございません。整地は水を撒き、ホウキでならし、また水を撒くといった手間のかかる作業だそうで、監督・コーチ・部員たちが一致団結して行っております。その一部をマシンによって時短化せしめ、より速く練習に入り、より強くなることがマシン導入の狙いでなのであります。最近では大学の運動部でもゴルフカートを整地マシンとして活用するケースが増えているそうです。

颯爽と整地へ出発するチキチキ整地サポートマシン。カッコいいっす! 

このマシンの運転には普通免許が必要であり、安全に活用するためにも車両の運転・管理は監督&コーチ陣が責任を持って行っているとのこと。グランド狭しと土煙をあげて活躍する最強整地サポートマシン。日本学園のスポーツフィールドに、またひとつ頼もしい味方が参戦しました!

梅窓会 広報部会

2012年2月11日土曜日

我流展景-日校Photoスケッチ(2月-1)

幻影城2012-Ⅰ 

幻影城2012-Ⅱ 

幻影城2012-Ⅲ 

幻影城2012-Ⅳ 


広報部会 S56卒 永澤

2012年2月8日水曜日

池上彰と学ぶ「日本の総理」第1号に校友吉田茂が登場!

もうみなさん書店で目にしているかもしれませんが、小学館ウィークリーブック・池上彰と学ぶ「日本の総理」第1号に吉田茂(第45・48~51代内閣総理大臣)が選ばれました。トレードマークの葉巻をくゆらす表紙写真に、“戦後のワンマン宰相”“いまの日本の基礎を築いた人です” という副題が出ています。お値段は創刊記念号につき390円です!(小学館発行2012年1月10日発売)

 
(発行編集人-掲載了解済み) 

本書は写真、イラスト、年表をふんだんに使用し、プロフィールから大仕事、大一番と銘打った業績、交際人物などが分かりやすく解説してあります。ちなみに“人物伝総理への道”で、日本中学の名がでてきます。梅窓会ブログでは、この冊子には書かれていない大宰相吉田茂と母校の関わりについて、校友紹介のバイブル「日本学園百年史」を紐解きながら、ご紹介したいと思います。

<日本中学校正門・半蔵門時代>

半蔵門時代の日本中学へ入学

吉田茂は15歳までを藤沢にあった耕余義塾という学校で学び、明治27年16歳で日本中学に入学しました。時の校舎は半蔵門にあり、発祥の地であった神田錦町から移転した数年後の頃です。ここで1年間、杉浦校長の下で学びました。学園には当時の貴重な成績表がいまも残されています。(校長先生の日記-吉田茂の通信簿-をご覧ください。)そして5年生となった翌年9月、受験した高等商業学校(現一橋大学)に合格したため、転校していきました。しかしその後は、23歳で東京帝国大学に入るまでの間、実に多くの学校をめまぐるしく渡り歩きます。「日本学園百年史」では、このことについて「評伝吉田茂」(著者-猪木正道)の文を引用し、“本当のところはわからないが、自分に適する学校を見つけるまで、容易に妥協しない性格がここに示されていると思う”というくだりに触れ、後年の頑固な人柄の片鱗が青年期にすでに見い出せるとしています。

杉浦校祖を尊敬し、母校を愛した吉田茂

吉田茂が在籍したのは1年間でしたが、校祖と母校への思いは50年以上経ても変わることはありませんでした。それは昭和26年、戦後の独立という国の命運がかかる講和会議を控えていた時期に来校したことからもうかがえます。

1号館を出る吉田首相と学園生徒の熱い歓送!近過ぎます! 

昭和26年9月8日、サンフランシスコ講和会議に出席。吉田茂は全権首席として平和条約に調印、大役を果たしましたが、そのわずか2ヶ月ほど前の6月20日、超過密スケジュールを縫って来校、学園創立記念の祝賀と記念講演をおこないました。

毎日新聞は当時の様子を次のように伝えています。 「母校なつかし、吉田さんもみくちゃ 五十余年ぶり日本学園へ」 という見出しに続いて、白服の首相は生徒達が緊張した目で見上げる講堂の壇上から「なにせ五十何年も前のことですから…」と古い記憶をたどりながら、同校を創立した杉浦重剛校長の人格をしたって明治27年から約1年、当時半蔵門にあった学校で中学四,五年時代を過ごしたころを追憶してから「軍備を持たない日本を再建するには外交のカンが唯一のものであります。そのカンというものは外国に対する深い知識によって初めて生じるのであり、若い諸君がこのカンを体得した時にかつての日本以上に優れた国ができるのです。」と判り易くじゅんじゅんと外交立国論を一くさり。約廿分の講演ののち1年生の大ぜいにもみくちゃにされる歓送を受け大にこにこで引き揚げた(略)。(日本学園沿革より)

とあります。ひょっとしたらですが、重圧を背負って講和会議に向かう際、この時歓迎を受けた学園生徒の笑顔を日本国民の姿として重ねて、気持ちを奮い立たせていたのかもしれません。

 
            日本学園・資料室の重宝「天台学堂」の揮毫


上の写真は母校・日本学園への来校を記念して書き贈った「天台学堂」という揮毫。(ちなみに天台とは校祖の号で、杉浦重剛先生の学校という意味です。素准というのは吉田茂の号です。)日本学園・資料室の重宝のひとつとして大切に保管・展示されています。

実はこのあと、吉田茂はもう一度母校へ戻る機会があったのです。それは3年後の杉浦先生の命日である昭和29年2月13日「杉浦重剛先生30年祭」が講堂でおこなわれた時でした。当初は参列予定でしたが、数日前から私邸のある大磯で病気療養となり、やむを得ず秘書官を代理として参列させ、内閣総理大臣 吉田茂として祭文を捧げたのであります。この祭文には校祖への深い尊敬の念と、祖国再建に邁進する決意が述べられていました。

なお日本学園では、毎年2/13の命日に杉浦校祖を偲ぶ「景仰会」が行われています。「景仰会」は全校生徒に向けた校長の講話と、生徒有志による杉浦先生の墓参を組み合わせた日本学園の伝統行事。生徒たちは「景仰会」を通じて、杉浦校祖の薫陶に触れ、我が国の近現代史を切り拓いてきた偉人を輩出する日本学園に学ぶ誇りを新たにしています。

文京区「伝通院」にある杉浦先生の墓所はこちらをご覧ください。
http://baisoukai.blogspot.com/2011/01/annex.html


広報部会 

2012年2月7日火曜日

2月度 運営委員会報告

~都内私立高校受験で高倍率校TOP10!圧倒的な人気を実証!~

2月4日(土)14:00~木造棟会議室で運営委員会が開催されました。
広報部会・中村氏のレポートで報告された通り、 日本学園高等学校は平成24年度都内私立高校・受験倍率で堂々のTOP10入りを果たしました! これは桐朋・開成・学習院・城北・早大学院等、日本学園が本来のライバルとする高校と肩を並べ、鎬を削るステージに回帰してきた証のひとつであり、日本学園の人気と期待の高さを何よりも雄弁に語る数字であるといえるでしょう。高校願書締切は2/14(火)!受験諸君、まだ間に合うぞ!挑戦者よ来たれ!日本学園高等学校へ!

2月度 運営委員会TOPIX
各部会報告(総務・広報・組織・会計・企画)
平成24年度・各部会活動計画について
各部会の新年度活動計画の策定がスタートします。活動計画は3月度運営委員会で提案され、企画部会により統合された事業計画として常任幹事会・総会でプレゼンテーションいたします。
臨時評議員会報告
1/16に開催された臨時評議員会について、君塚評議員から報告がありました。
「梅窓会パンフレット」New Versionデザイン決定
卒業予定者を対象するNew Version「梅窓会パンフレット」のデザイン&コピーが決定しました。同パンフレットは3月の卒業式前に卒業予定者全員に配布され、 運営委員による梅窓会のオリエンテーションを行います。また、既存版「梅窓会パンフレット」の部分改訂を行うことも決定。 これにより在学中~卒業時にかけて同窓会組織への理解と参加を促すツールが整備されます。
新卒常任幹事&クラス幹事歓迎会について
同期生の代表となる常任幹事&クラス幹事の歓迎会に参加する運営委員を選出しました。
2012年「総会・懇親会」企画スタート
本年度の「総会・懇親会」を盛り上げるべく、企画部会を中心にプランニングがスタートしました。これから数カ月間、スタッフ一丸となって昨年を越える企画を構築していきます。どうかご期待ください!
小川理事より理事報告
高校受験倍率の飛躍的上昇、初の中学適性入試の高倍率など、人気と期待を高める日本学園の入試状況を中心に躍進する学園の現況を報告。

今年も見事に実った日本学園のキンカン 

梅窓会 広報部会

2012年2月5日日曜日

高校入試倍率ベスト10入り(都内私立高等学校入学応募者、中間時点での状況)

平成24年度都内私立高等学校入学応募者状況【一般入試・中間。1月27日(金曜日)正午現在】が2月1日東京都生活文化局私学部私学行政課より発表されました。それによりますと男子校において日本学園、特別進学コース・1回目入試倍率は3.3倍と「ベスト10」入りを果たしております。これは近年高い大学進学実績を出し始めた成果の顕れであると思われます。願書はまだ受付中でこのデータはあくまで中間発表ですので更なる数字の積み上げがあるものと思われます。ちなみに桐朋、開成、明治大学付属中野、早稲田大学高等学院などがベスト10に入っております。

詳しくは以下の東京都報道発表資料のホームページをクリックください。

http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2012/02/20m21600.htm

さて中学の入試も2月5日(日)で終了しましたが、今年の日本学園の中学入試で特筆すべきことは今年から新設され2月1日(水)に実施された「適正検査(特別選抜)」という入試です。これはオリジナル教育プログラム「創発学」のコンセプトに基づくもので、一般入試では判らない計り知れない子供達の素晴らしい能力と素質を違った観点で引き出したいという日本学園ならではの先進の入試方法ではないでしょうか。今年から始まったばかりの新しい入学選抜方法ですので受験生、保護者にとっては大変に不安かつ戸惑ったのではなかったと思われますが、いざ蓋を開けて見ますと「5.6倍」という高い入試倍率になっておりました。「創発学」と、この入試方法に共感し魅力を感じた受験生、保護者がこの数字に顕著に顕れたものであることは間違いありません。日本学園の先進の入試方針は大いに支持され評価されたことが実証されました。

データは学習塾大手、四谷大塚の入試情報センターのホームページ「速報」の中の「出願倍率速報と入試結果」をクリックしていただき、「学校をしぼりこむ」で学校名の窓に「日本学園」の文字を入れていただくとご覧になれます。

http://www.yotsuyaotsuka.com/njc/

高校一般入試はこれからです。日本学園へ入学を希望する受験生のみなさん、体調管理を万全にしてベストを尽くしてください!日本学園OBも応援しています。がんばれ未来の後輩たち!


校門前に掲げられた中学入試の看板


広報部会 S44卒 中村 隆

2012年2月2日木曜日

がんばれ受験生!

日本学園は今まさに入試の真っただ中! がんばれ未来の後輩たち!
美しいキャンパス、素晴らしい先生方、一生つきあえる友だちとの出会い、
悔いのない青春の日々が君を待っているぞ!
来たれ我らが母校、名門・日本学園へ!

 


梅窓会 広報部会

2012年2月1日水曜日

倶進Vol.29

「私の山歩き」18

~千葉県鋸山登山~
S28年卒 米田利民

1月26日(木)、千葉県の鋸山(329m)に登ってきました。
ここは江戸時代の石切り場、太平洋戦争中は軍事要塞で一般人は立ち入り禁止でした。今は日本一大きい大仏(石造、高さ31m)のある「日本寺」の境内。日本寺は神亀2年(西暦725年)、行基菩薩が創建した関東最古の勅願所であるが、 昭和14年登山者の失火により全壊した。現在仮本堂で復興を努力中。

百尺観音(昔の石切り場、交通安全の守り本尊)  画像クリックで拡大

大黒堂前の厄除け板と水仙 

ほころび始めた寒梅 

佐久間湖と水仙(鋸南町の「をくずれ」という所)

金谷(カナヤ)の海鮮料理屋から眺めた伊豆半島に沈む日


2012年1月30日月曜日

「漢の花園」Vol.20陸月・来たれ受験生!

いよいよ2/1(水)から日本学園中学校の入試が始まります。先週、ある進学塾のHPを見て驚いたのが都内に私立中学校は数あれど、男子校は今や希少な存在であり、その多くが日本学園を筆頭に明治~戦前に開校した名門校であるという事実であります。これらの学校の校祖・創立関係者・著名な卒業生を列挙するだけで日本の近現代史を語ることができる、と申し上げても過言ではありません。各校に通じること、それは男女別学が尊ばれた時代に男子校として開校し、男子校として優れた教育を貫き、その結果、秀でた男子を数多く輩出し、揺るぎない社会的評価を獲得してきた歴史と実績に他なりません。だからこそ各校は、経営的な理由から共学へ転ずる男子校が増加する中、男子校であることをブランドヴァリューに、ブレることなく質の高い男子教育を推進しているのです。

今日現在、志望校・併願校を迷われている男子受験生・保護者のみなさまには、ぜひ伝統ある男子校をお勧めいたします!その中でも入学後の生徒の伸び代が圧倒的に大きいのが日本学園であります。その事実は大学進学やクラブ活動の実績を見ても明らか。“実のある教育・実のなる未来”を約束する日本学園!というわけで2012年・陸月は「実」をテーマに受験生へのエールとさせていただきます!がんばれ未来の後輩たち!

バラの実(薔薇:バラ科)   画像クリックで拡大

昨年の1月は木造棟裏のフェンスに沿って生る「バラの実A」を紹介いたしました。今年は旧雨天体操場(現・学生食堂)裏の学園裏通りに面して生る「バラの実B」を紹介します。日本学園のバラの実を見て分かったことは「赤いバラの実の花、必ずしも赤ならず」ということ。バラの実Aは真っ赤な実をつけながら花はピンクであり、写真のバラの実Bはオレンジ色の実をつけながら花は真紅であります。その理由は!ウィキペディアにも書いてありませんでした(笑)・・・それはさておき、冬の青空に映えるバラの実の美しさをご覧ください・・・。

★写真のバラの開花艶姿はこちら!
http://baisoukai.blogspot.com/2011/05/vol12.html
トウネズミモチの実(唐鼠黐:モクセイ科) 

実がネズミの糞を想起させることから「ネズミモチ」と名付けられたそうです。ネズミモチと比べて樹高が高いことから亜種であるトウネズミモチと思われます。このトウネズミモチ、実は昨年暮れに伐採されてしまいました・・・。その無残な切株を見たときは落ち込みました。「初夏には白い花を咲かせていたのに・・・」と。しかし彼等は鳥を利用して種子をばら撒き、切り株からも素早く発芽する恐るべき侵略的外来樹だそうです。生態系を良好に維持するために雑木は間引くべし、という学園の判断は間違っていないのであります。 

センダンの実(栴檀:センダン科) 

「栴檀は双葉よりかんばし」の諺で知られる「センダン」の登場か!と思いきや諺の栴檀は「白檀(ビャクダン)」という別の植物を指すそうです。このセンダン、樹皮や葉には除虫作用があり、実はしもやけ・あかぎれの生薬として使われるなど、薬草としても有名です。日本学園ではグラウンド土手の林と学生食堂裏に大きな株があり、今ごろは写真のような褐色の実をモビールのように吊り下げるのであります。毎年初夏には小さな淡い紫色の花を咲かせます。今年の初夏こそハシゴをかけて花を接写するぞ、と固く決意しております。お楽しみに! 

ユズの実(柚子:ミカン科) 

昨年末は青空に映える姿を見せたいがために、一個だけ寂しく実るユズを紹介しましたが、今年は改めて鈴生りの状態を紹介します。どうです!この見事な実り!調べてみますとユズの成長は非常に遅く、接ぎ木をせずに種から育てると実が生るまでに十数年かかるそうで「ユズの大馬鹿十八年」という言葉もあるとか。学園のユズの歴史は知らずとも、このたわわな実りを見れば数十年を経た学園の主であることは明らか。一個の果実にも培ってきた時の流れの鼓動を感じる、それが伝統校の凄みといえるでしょう。 母校にとっては「ユズのお利口十八年」であります。


広報部会 S56卒 永澤

2012年1月29日日曜日

2月度 運営委員会 開催のお知らせ

平成24年度2月度運営委員会を下記の通り開催いたします。
運営委員・オブザーバー各位のご参集をお願いたします。

日時:2月4日(土)14:00~17:00
 注) 今月は第2土曜日が祝日のため第1土曜日に開催します。
場所:木造棟会議室(日本学園構内)
報告・審議事項
*各部会の活動報告(総務・広報・組織・会計・企画)
*評議委員会(1月16日開催)の報告
*卒業生及び新入生向け「梅窓会について」パンフレットについて
*新卒業生クラス幹事の歓迎会について
*平成24年度予算案について
*その他

★運営委員以外の方も参加できます!


梅窓会 広報部会

2012年1月27日金曜日

倶進Vol.28

「私の山歩き」17

~高尾山薬王院へ初詣~
S28年卒 米田利民

1月3日、高尾山の薬王院へ初詣に行ってきました。JR高尾駅北口からバスで小仏へ。すぐに「小仏山宝珠寺」という禅寺があり、「東京都の天然記念物 カゴノキ」がある。高さ23Mの大木。
鹿子の木①
鹿子の木②

常緑高木、クスノキ科。漢字では「鹿子の木」。樹皮がはがれて白い鹿の子模様になるので、その名がついた。そこからゆるい上り坂をゆっくり登る。昔の甲州街道である。景信山(カゲノブヤマ)への登り口を右に見て、水場を過ぎ約1時間で小仏峠に到着。高尾山の南側を通る甲州街道ができるまではここが甲州街道の難所であった。明治天皇も山梨県に行かれた時、ここで休憩され野点のお茶を飲まれた。その時の記念碑が立っている。
小仏峠の記念碑

城山は割愛して一丁平へ。富士見のテラスで富士山を見てベンチに掛けて昼食。高尾山山頂を経て薬王院へ。人々で大混雑。お参りして、最近出来た「石ぐるま」を「懺悔、懺悔六根清浄」と唱えながら廻す。
石ぐるま①
石ぐるま①

「浄心門」の所から2号路で下山にかかり、東京高尾病院脇へ至る急峻な道を下りる。
2時半、下山。京王線高尾山口駅へ。

2012年1月25日水曜日

我流展景-日校Photoスケッチ(1月-2)

冬の幻燈Ⅰ:学園には、もうひとつの森がある 画像クリックで拡大

冬の幻燈Ⅱ:影が描く白亜の森だ・・・

冬の幻燈Ⅲ:裸梢は見つめる・・・その森に己が姿を・・・ 

冬の幻燈Ⅳ:壁は立つ・・・その森をたまゆらの意匠と成して・・・ 

広報部会 S56卒 永澤

2012年1月23日月曜日

昭和11年度(1936年)当時の生徒募集の案内広告。

今年も例年どおり1月も後半になりますと私立中学・高校の入学試験の願書受付が始まっております。 近年人気急上昇する日本学園も中学は1月20日から、高校は1月18日から入学願書の受付がすでに始まっております。さて日本学園は100年以上も前から実施している入学試験ですが、昔の生徒募集の広告はどんなものだったのでしょうか。

ここにお見せするのは「日本学園百年史」に掲載されています昭和11年度(1936年)の旧制日本中学校の生徒募集のお知らせです。ちょうど新宿の淀橋校舎から現在の世田谷松原校舎に移転する時のもので、我々OBからしてみると実に興味深い内容です。願書は現淀橋校舎と新松原校舎両方で受け付けるという受験生には優しい配慮、そして試験は斬新な松原新校舎(OB今井兼次設計)で行うと受験生には嬉しい内容で書かれています。地図にある私鉄の路線名、駅名も現在と異なるものもあり歴史を感じる内容です。

実に今から76年前に現在の松原校舎にての「第1回目の入学試験」が行われたということになります。そしてここで学び、巣立ち、日本の政官界、経済/産業界、芸術、スポーツ、文化の分野で優れた業績を残している多くの逸材を現在も脈脈と輩出しております。
この歴史と伝統を持つ男子校、日本学園中学・高校へ入学を希望する受験生のみなさん、体調管理を万全にしてベストを尽くしてください!日本学園OBも応援しています。

昭和11年度(1936年)当時の旧制「日本中学校」生徒募集の案内広告 
(上部が募集案内で下部が地図の構成になっています) 

校門横に張られた平成24年度の生徒募集の案内 
(校門左側に中学、右側に高校の案内があります。) 

淀橋校舎から松原校舎へ移転当日の昭和11年4月6日の朝。 
左端から教職員、5年生、4年生・・・と続く。 
右端には松原校舎で試験を受けて合格した中学1年生達。


広報部会 S44卒 中村 隆