2011年6月1日水曜日

「梅窓会報Vol.75」完成!

梅窓会報最新号が完成いたしました。
会員諸兄のお手元には今週末~来週前半に到着する予定です。

Vol.75 TOPIX

太田会長メッセージ「新年度を迎えるに当たって」
第119回高等学校卒業式レポート
H23年度常任・クラス幹事紹介
2011年春・大学合格実績
クラブ活動報告
6/25(土)「梅窓会総会・懇親会」開催告知
梅窓会ブログ、ついに21.000アクセス達成!
監査報告・預金現金明細 他

★Vol.75には6/25(土)「梅窓会総会・懇親会」の出席用返信ハガキも
    同封されています。出席の方は6/15必着ですのでお忘れなくご投函ください!

★「梅窓会報」はバックナンバーも含めて日本学園HP内
  梅窓会ページ(PDFファイル)に掲載されています。
    梅窓会員以外の方もぜひご覧ください!


注)
「梅窓会報」がお手元に届かない場合は以下の理由が考えられます。
*現住所変更等の連絡を梅窓会事務局にお知らせいただいていない方。
*年会費等が長期間未納の方。
未着の会員各位は上記の点をご確認の上、
速やかにご対応くださいますようお願い申し上げます。

梅窓会 広報部会

2011年5月31日火曜日

「漢の花園」Vol.12皐月

みなさまのおかげを持ちまして、「漢の花園」は祝・連載1周年を迎えることができました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。思い起こせば昨年6月、梅窓会ブログの配信開始と同時に「まず、やろう!」と僕が決意したこと、それは23区内の中学・高校中トップクラスと申し上げても過言ではない、この豊かで美しい、知られざる母校の自然をPRすることでした。

1年間で「漢の花園」に登場した学園の草花は、撮影した内のわずか1/3強に過ぎません。花期を逃した花や樹上に咲く花、茸や木の実・果実等を含めれば、登場を控えている植物は膨大な数にのぼります。その植生の幅広さと層の厚さは、当コーナーを企図した僕自身の予測を遥かに超えていただけでなく、歴史・伝統・教育・環境を一統する「日本学園」という存在そのものが驚異であり、感動的なエクスペリエンスであることを改めて教えてくれました。新宿・渋谷から15分、大都会に残された奇跡の森がある限り、「漢の花園」は続きます。これからもご期待ください。

シラン(紫蘭:ラン科) 

日本・中国・台湾に自生しています。ランは直射日光に弱い仲間が多いのですが、紫蘭は日向を好むそうです。それが証拠に写真の紫蘭も5月の陽光を浴びて元気いっぱい、爽やかな風に揺れていました。この紫蘭、体育館前広場を中心に至る所で咲いております。ちなみに紫蘭の球茎は白及(びゃくきゅう)と呼ばれ、止血や痛み止め、胃炎の漢方薬としても使われるそうです。近年、母校では医歯学薬系学部への進学者も増えています。興味ある諸君は学園に自生する薬草を調べてみてはいかがでしょう?


バラ(薔薇:バラ科) 

日本学園のキャンパスは約25,700㎡。どこまで続くのかと思わせる塀やフェンスが広大な敷地を取り巻いております。バラたちは主に、この塀やフェンスに絡みつきながら、その艶姿を競うのであります。しかも多くの花は街路に顔を向けて、話しかけるがごとく咲き誇りますが、それには訳がございます。写真の枝陰にブルーの紐が見え隠れしていますね。これこそ学園営繕スタッフがフェンスをトレリスに見立て、丹精こめて枝姿を整えた証。地域の美化に真っ赤なバラを。これぞ他校には真似のできない、営繕スタッフの華麗なる美学であります。


シュンギク(春菊:キク科) 

どうです!まさに「漢の花園」であります。この天国のような春菊の群落は、僕が「秘密の花園」と勝手に名付けた理科教室棟裏に広がっております。撮影後、葉姿から菊科であることは一目瞭然、しかし、まさかアノ春菊だとは夢にも思わず、ネットで調べること二日・・・やっと判明し、達成感を味わったものの、「なぜ鍋の友、シュンギクが学園に?・・・」との疑問が拭えません。食べるためか、花を愛でるためか・・・。いずれにせよ学園の森には不思議がいっぱいであります。恥ずかしながら人生半ばにして春菊の花は初めて見ました・・・・。


ジャスミン(モクセイ科) 

「ジャスミン?消臭芳香剤だろ?・・・」。生徒諸君にとってジャスミンはそんな花かもしれないが、実は君たちは本物のジャスミンの香りを既に体験しているんだぜ。特にテニス部の諸君、5月になると土手の上からコートへ良い香りが風に乗って運ばれて来るだろう。それが写真のジャスミンだ。この花の香気成分(ジャスモン)の工業的生産方法は確立されておらず、自然の花から抽出するしかない。従って真のジャスモンを主原料とした香料は極めて高価だそうだ。つまり、君たちは最高級の香水を浴びながら、汗まみれで練習しているようなものだ・・・。

広報部会 S56卒 永澤

2011年5月29日日曜日

倶進Vol.5

クラブ活動の想い出・初めての夏合宿

S43年卒 矢澤 修(ワンダーフォーゲル部OB)

私は昭和39年10月に開催されました東京オリンピックの翌年の4月、昭和40年4月に日本学園高校に入学しました。そして入学式の翌日、ワンダーフォーゲル部に入部致しました。このクラブの高校一年の夏の合宿地が青森県十和田湖まで七泊八日の日程でした。私はその頃、中学校を卒業して4カ月しかたっていません15才でしたので、まったく経験のない未知の一週間の長期旅行に、大きな戸惑いもありましたが、初めての東北地方に大きな期待を胸に出発いたしました。

昭和40年当時は、新幹線は一年前に全線開通した東京駅から神戸駅までの東海道線のみの時代です。当然のことながら、上野駅から青森県の青森駅まではローカル電車でしたので、今から考えますと、とても時間的にはのんびりした長閑な旅行でした。青森駅までどのくらい時間がかかったのかは覚えておりません。でも、そんなこといったって夏の合宿です。奥入瀬渓流を肩にくい込む大きなキスリングをかついで、40km近くも黙々と本格的に歩いておりました体験は苦しく、辛いことでしたが、若き日の貴重な想い出として、今でも脳裡に深く、鮮明に記憶しております。奥入瀬川の風景画を見ますと、なつかしさで涙がこぼれ落ちそうであります。

私の青春は、この十和田湖合宿からはじまったと思っております。そして、このクラブで一生涯の友人を何人も得ることができ、それはワンダーフォーゲル部の精神である自然に親しむ以上に大きな大きな収穫でした。若き血潮の予科練の、という歌もありますが、あの当時、10代後半に流した汗は、ほんとうに後に血となり、肉となっており、このような有意義な高校時代を過ごさせて頂きました母校に深く感謝する次第でございます。ありがとうございました。


*みなさまの思い出・近況等を「俱進」にお寄せ下さい!

「倶進」は日本学園在学中の思い出、学園にまつわるエピソード、現在の活躍・近況、進学先でのキャンパスライフやサークル&部活動のニュース、旅行・レクレーション報告などをノージャンルで発信するOBのブログ新聞です!梅窓会正会員であれば、どなたの寄稿でも広報部会にて内容確認の上で掲載いたします。みなさまの原稿をお待ちしています!


* 本文1,500文字以内(タイトル必須)・できるだけ写真を同封してください。
【宛先】 〒156-0043
東京都世田谷区松原2-7-34 日本学園気付 梅窓会 広報部会

* メールでも寄稿OK。詳しくは梅窓会ブログ・トップページ
「原稿投稿の仕方」をご参照ください。

梅窓会 広報部会

2011年5月27日金曜日

日学バスケットボール部ファンにお知らせ


★インター杯東京都予選:6/12(日)
日学バスケファンなら既にご承知と思うが、インター杯東京都予選が522日(日)からスタートした!我が日学はCブロック(A-D4ブロック)からの出場で今回もシードだ。従って初戦は612(日)となる!

場所:6月12日(日)日本学園体育館   第1試合 12:00トスアップ 
                            2試合 16:30トスアップ

上記の試合に勝利すると次回は619日(日)の準決勝戦・決勝戦だ!ちなみに準決勝に至る道に立ちはだかる強敵は、何と言っても都の西北、早稲田実業学校高等部になりそうだ。東京都予選大会で3位以内に食い込まなければ、本大会で戦うことはできない・・・。制覇への道は厳しい。ともあれ、まずはブロック優勝を目指して出陣だ!さあ、みんなで応援に行こうぜ!

<図表 Cブロック組合せ表>
<図表 試合会場案内・競技開始予定時刻>


★関東高等学校男子バスケットボール大会:6/4(土)
一方、甲斐國で行われる「関東大会」への出陣も迫って来たぜ!関東一都六県(東京・神奈川・埼玉・栃木・千葉・群馬・茨城)の精鋭32校が激突する熱い、熱い戦いの火蓋が切って落とされる!霊峰富士へ登るが如く、頂点を目指す日学バスケ部。さあ、みんなで甲斐へ応援に行こう!

日時場所:6月4日(土)山梨県富士吉田市
①「鐘山スポーツセンター総合体育館」(A/B/Mコート)交通案内はこちら!
②「富士北麓公園」(C/Dコート)交通案内はこちら!

<図表 関東大会組合せ表>

S34 バスケ部OB 髙橋


<図表 Cブロック組合せ表>      <図表 試合会場案内・競技開始予定時刻>

<図表 関東大会組合せ表>


図表は画面クリックでポップアップします

2011年5月25日水曜日

OH!「校歌を聞こう!」リニューアル!



大好評・大絶賛の「校歌を聞こう!」日本学園中学校・高等学校校歌が、装いも新たにリニューアルしました!

冬から春の写真を多用した旧Versionに対し、New Versionでは、あざやかな新緑と眩しい光、心身を鍛える生徒たちの写真をふんだんに挿入。耐震補強で生まれ変わった一号館の荘厳な佇まいもご覧いただけます。どこを撮っても絵になる学園、芸術的なまでに美しい我らが母校の世界を校歌と共にご堪能ください!

*受験生・保護者のみなさまへ!
都心とは思えない豊かな自然環境、広大なグラウンド、都内屈指の歴史と伝統・・・梅窓会制作によるYoutubeシリーズは、音と画像で日本学園の世界感を短時間でお感じいただくことが可能です。オープンキャンパスや学校説明会の前に、ご視聴いただき、日本学園へご来校されてはいかがでしょうか!

*Youtubeコンテンツ続々アップ予定!
現在Youtube「梅窓会チャンネル」には「校歌を聞こう・旧Version」を始め、「旧制日本中学校校歌」「日本学園~四季」「硬式野球部100周年式典」の4コンテンツがアップしています。梅窓会ではこれからもOB手作りによる画像を続々アップする計画です。どうぞご期待ください!

Youtube<梅窓会チャンネルはこちら!


梅窓会 広報部会

2011年5月23日月曜日

柔道部・インターハイ出場決定!!

都内屈指の強豪校として着々と頂点へ歩む柔道部が、昨年に引き続き2年連続でインターハイ(高校総合体育大会)への出場権を獲得しました!下記の優勝者2君が8/9から「秋田県立武道館」を舞台に力と技を競います!おめでとう柔道部! 

東京都73kg級 優勝 星     光君
東京都81kg級 優勝 上田 達彦君

日本学園から10名が出場したインターハイ都大会(於・5/22講道館)では先生方・OB・保護者・野球部員が大応援団を結成!真剣勝負に挑む選手たちにライバル校も圧倒される熱い声援を贈りました。来るインターハイでは日本一の栄冠を目指します!がんばれ日校柔道部!

*全国大会団体戦は6/12(日)講道館で行われます。


バスケットボール部&バレーボール部の関東大会出場に続き、柔道部員2名のインターハイ出場も決定した我らが母校。その実力は飛躍的に伸びる進学実績と共に、文武両道の伝統を着々と実証しています。学生たちを見守る荘厳な列柱にも、近く「インターハイ出場」の懸垂幕が掲げられるはず!この列柱が勝利の懸垂幕で埋め尽くされる日も遠くはありません!

★柔道部インターハイ出場決定の模様はこちら! 

★大いに盛り上がる校長日記はこちら!

梅窓会 広報部会

2011年5月21日土曜日

スペシャルサイト「我ら日校健児」第3回<後編>配信!

激動の時代を乗り越えてきた日本学園OBの自伝・インタビューを掲載するスペシャルサイト「我ら日校健児」第3回<後編>を配信いたします。物語は激化する第二次世界大戦の真っただ中へ。偵察写真班で、鹿島灘・東京湾における敵潜水艦・スパイ船の偵察通信連絡、写真撮影現像、帰隊後の電送写真現像など、命がけの任務を遂行する堤氏の日々と終戦までの軌跡を振り返ります。堤氏は<前編>同様、往時の青春時代を在りのままに伝えたい、という願いを込めて原文への加筆・推敲を行ってくださいました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。戦後世代の同窓生はもちろん、この貴重な時代の証言を、現代を生きる在校生諸君にも、ぜひ読んでいただきたいと思います。

梅窓会・太田会長(同期・S19年卒)・石戸谷OS(H18年卒)と共に(2011年4月)



梅窓会 広報部会

スペシャルサイト「我ら日校健児」はこちら!
http://baisoukai3.blogspot.com/

2011年5月18日水曜日

5月度 運営委員会報告

5/14(土)14:00~木造棟会議室にて運営委員会が開催されました。当日は6月25日(土)「梅窓会総会・懇親会」企画案を中心に活発な審議が行われました。

5月度運営委員会TOPIX
各部会報告
総務・組織・企画・広報より活動報告。
三長会報告
太田会長・谷川校長・榎本理事長の三者による定例の「三長会」について報告。
「梅窓会報Vol.75」編集・デザイン確認
上半期会報の発行日が諸般の都合により、従来の5月中旬から6月上旬に変更となります。予めご了承ください。
「新・梅窓会オリジナル封筒」完成!
会報等を封入する「梅窓会オリジナル封筒」が新デザインに生まれ変わります!新封筒は6月上旬発送の「梅窓会報Vol.75」より使用スタートとなります。今後、原則的に会報は新デザインの封筒にてお送りいたしますのでご承知置きください。
上半期常任幹事会
*開催日:6月11日(土)
*会場:日本学園木造棟会議室(予定)
*詳細は郵便にて通知致します。常任幹事の皆様はご出席をお願い致します。
6/25「梅窓会総会・懇親会」企画審議
例年同様ホテルフロラシオン青山にて開催される「梅窓会総会・懇親会」企画・事業報告/計画書等に関する活発な審議が行われました。以下は5/14現在の計画事項です。OB諸兄の来会お待ちしております!

<梅窓会総会・懇親会>最新情報!

*開催日:6月25日(土)
*会場:ホテルフロラシオン青山(昨年度と同じ)
   東京都南青山4-17-58     TEL03-3403-1541(代)
*総会:16:00~(旧年度事業・決算・監査報告および新年度事業計画・予算案他)
*懇親会:17:30~参加費5,000円(1名様)★平成16年度以降卒OBは3,000円!)
*出席の方は「梅窓会報Vol.75」同封ハガキを6/15必着でお送りください!

★テーマ:「いざや進まむ 諸共に!」
<予定イベント企画>
*♪OBバンド・ライブ♪
卒業生有志によるライブを開催。迫力ある生演奏で会場を大いに盛り上げます!
*学園写真展
美しい学園の四季や躍動感あふれる生徒の姿を写真パネルで紹介します。

その他
*S43卒・矢澤修氏へ太田会長から新運営委員(総務部会員)委嘱状を交付
*総務部会・矢澤氏より8月運営委員の親睦旅行提案
*小川理事より理事報告 


「総会・懇親会」開催迫る!6/25(土)はホテルフロラシオンにOB全員集合!


梅窓会 広報部会

2011年5月17日火曜日

快進撃!3クラブ「関東大会出場」の快挙!

学園HP既報通り、柔道部、バスケットボール部に続いて、
期待の星、「バレーボール部」も関東大会出場が15日決定しました!
おめでとうございます!!各クラブとも日々たゆまぬ努力を続け、
母校の関東大会出場へ高いモチベーションを維持。
強豪校に勝利しての出場は誠に意義深いものであります!

今後もサッカー部Tリーグ、野球部夏の大会と続々と重要な大会が控えています。
日本学園OBのみなさま、ぜひ試合会場に足をお運びいただき、
後輩たちの熱き戦いを力一杯応援しましょう!
やるぞ日校健児!みせろ日学魂!

*各クラブの大会会場、スケジュールは学園HPへご確認お願いいたします。



バレーボール部・戦勝報告はこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/cumpus/club.php?id=2&pos=0#no4784
各クラブの出陣情報はこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/cumpus/club.html


梅窓会 広報部会 

2011年5月16日月曜日

我流展景-日校Photoスケッチ(5月-1)


薫風-A:皐月の風と光を浴びて・・・ 

薫風-B:森は生まれたての匂いに満ちる・・・

薫風-C:古木は纏う。その幹に瑞々しき命の詩を・・・ 

薫風-D:健児たちは刻む。新緑の息吹を若き日の記憶に・・・ 

広報部会 S56卒 永澤

2011年5月15日日曜日

倶進Vol.4

「わが青春の譜」其の三

S38年卒 川本雅之(梅窓会・広報部会)

四月十四日付梅窓会ブログ『わが青春の譜』では修学旅行について書きました。今回も学園生活の主なイベントの一つである『体育祭』・『文化祭』を懐かしい写真と共に振り返ります。

体育祭
体育祭では五〇米走・障害物競争・騎馬戦等々いろいろな競技があったが、その中でとりわけ各クラス出場の仮装行列とクラブ対抗リレーが思い出に残る。仮装行列では高校二年時『男子ングチーム』、三年時は『阿波踊り』で参加した。

騎馬戦 
男子ングチーム(高Ⅱ-A) 

高校二年時『男子ングチーム』は当時人気のあった日劇ダンシングチーム(女性のみ)をまねて、場内をラインダンスをしながら駆け巡り、会場の爆笑のウズを誘い優勝を勝ち取った。

仮装行列・阿波踊り(高Ⅲ-D) クリックでポップアップします

高校三年時の『阿波踊り』は文字通り徳島県の『阿波踊り』の音に合わせて場内を練り踊った。また当時の名物種目であったクラブ対抗リレーは運動部と文化部に分かれ、各部が自分の部をPRするため創意工夫をして走った。私が所属した新聞部は江戸時代の瓦版を模倣して走った。それぞれの部の工夫した走りに観客は大いに盛り上がった。

クラブ対抗リレー(1) 右端が私
クラブ対抗リレー(2)これも私です・・・(笑)
文化祭
現在の日学祭と内容はそう変わりなく、各クラブ、各クラスの展示作品を中心に、その他楽器演奏(軽音楽部)、模擬店、演劇、オペラ等を催し、三日間開催した。

新聞部展示:前列右から2番目が和田事務長/前列右端が私です! 

展示作品は各クラブ・クラスが創意工夫を凝らしていた。その中で特に好評を博したのがコーラス部によるオペラ『椿姫』であった。他校の女子生徒との共演による熱演で観客を魅了し、カーテンコールが鳴りやまなかった。文化祭はこうして盛会裡に終了した。

<写真>招待校の桜華女子高生と一緒に。左二番目ごきげんな私(笑) 

かくの如く中等部・高等部の六年間の学園生活は様々なイベントとともに充実したものであり、私の青春の一頁を飾りました。


*みなさまの思い出・近況等を「俱進」にお寄せ下さい!

「倶進」は日本学園在学中の思い出、学園にまつわるエピソード、現在の活躍・近況、進学先でのキャンパスライフやサークル&部活動のニュース、旅行・レクレーション報告などをノージャンルで発信するOBによるOBのためのブログ新聞です!梅窓会正会員であれば、どなたの寄稿でも広報部会にて内容確認の上で掲載いたします。みなさまの原稿をお待ちしています!

* 本文1,500文字以内(タイトル必須)・できるだけ写真を同封してください。
【宛先】 〒156-0043
東京都世田谷区松原2-7-34 日本学園気付 梅窓会 広報部会

* メールでも寄稿OK。詳しくは梅窓会ブログ・トップページ
「原稿投稿の仕方」をご参照ください。


梅窓会 広報部会

2011年5月14日土曜日

システムトラブルのお知らせ

今週始めからたびたびグーグルブログBloggerが機能しなくなることが発生し、昨日も下記の表示が出て記事の投稿だけでなく、コメント欄の閲覧や投稿までもできなくなり申し訳ありませんでした。
本日朝にトラブルが回復しましたのでお知らせします。


梅窓会 広報部会

倶進Vol.3

鉄道研究部の日々

H14年卒 石戸谷 悠 (鉄道研究部OB)

今から14年前のことだが、
現在の日本学園中学校が約30年ぶりに再開された時、
私はその1期生として入学をした。
入学する前から入学案内を見ていて、絶対に入りたい部活があった
それが「鉄道研究部」である。

子ども達が鉄道好きであるというのは、いつの時代も変わらないこと。
それが、部活動として存在していることに、入学前から胸を躍らせていたのは
今となっては懐かしい思い出である。
そして、自分の父も当時の日本学園高校の鉄道研究部員であったことを知るのは
日本学園を卒業した後のことである。

さて、その「鉄道研究部」であるが、
活動内容としては、現在と大きな変化はないと思われるが、
この部活の良さというのは、本当に「研究」するという点である。
数々の鉄道会社にアポを取り、そして、実際に車両基地に赴く。
間近に車両基地内の施設や設備を見て、
そして、社員の方から話を聞いたり、質問をする。
正に、鉄道専門の社会科見学の日々で、鉄道好きには
たまらない学生生活であった。
1年間の集大成を日学祭で発表するのだが、
やはり、1年間のボリュームは非常に大きいもので、
毎年、何らかの賞を貰えるだけのことはあった。

鉄道研究部に入部してから、
多くの鉄道会社や旅行に出かけたが、
その中で忘れられないのが碓氷峠である。
ピンとくる人はどれくらいのものなのか、想像はつかないが
「軽井沢」を知らない人はそうそういないだろう。
碓氷峠はこの軽井沢駅と、その隣にあった横川駅の間にある峠である。
ここは、JRの中でも難所と言われる急勾配地区で、
峠を越える列車の後ろに2台の電気機関車が連結され、押し上げながら進む。
逆に、下る際は電気機関車が先頭に付きながらブレーキの役割を果たし、
列車の加速を抑えるというものだ。
しかし、この碓氷峠の横川・軽井沢間は1997年、
長野新幹線が開通することを機に廃止となってしまった。

これは行かなくてはならない。
廃止前に、鉄道研究部員で碓氷峠に赴くことになる。

 

そこには、歴史的なレンガ造りの橋や変電所
が立ち並ぶ非常に美しい景色であった。
この碓氷峠の歴史というのは
日本学園の前進、東京英語学校が設立されたのと同じ年である1885年に
上野~横川間が開通し、その後、新潟まで直通させるためには
何としてでも峠越えをさせなければならないということで、
さまざまな研究の末、1892年に横川~軽井沢が開通したのである。
この年は、麹町に東京英語学校が再建された時代と重なる。

 

とても古い建築物が多く残り、
当時の苦労までもが伝わってくる碓氷峠に
鉄道研究部として現地に実際に行き、
そして、歴史とともに鉄道を学ぶことができたのは
非常によい経験となった。

 

さて、今年の鉄道研究部は何処へ行っているのだろうか・・・


*文化部の名門・鉄道研究部オフィシャル・サイトはこちら!
http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/tetudoukenkyubu%20hyousi2009.html

*最新情報満載!鉄道研究部・日本学園HPサイトはこちら!
http://www.nihongakuen.ed.jp/cumpus/club.php?id=21&pos=0#no4752

2011年5月10日火曜日

旧制日本中学校 校歌「大富士仰げる」Move版完成!



広報部会ではスペシャルサイト『我ら日校健児』開設に伴い、大好評をいただいている日本学園校歌に加え、学園の前身である「旧制日本中学校」校歌を視聴できるYoutube版を制作致しました。

<旧制日本中学校紹介>
明治25年東京英語学校が半蔵門に移転した際に、改称されてから 第二次大戦後の昭和23年学制改革により日本学園となるまで、半世紀を超 える歴史があります。 明治・大正・昭和という激動の時代を乗り越え、3度の校舎移転を経験。そして震災や戦時にも学舎は耐え抜き、社会に有為な人材を数多く輩出してきました。

<校歌「大富士仰げる」について>
旧制日本中学校の2代目の校歌として、昭和11年に淀橋(現在の西新宿付近)より現在の松原の地へ移転後、翌年3月卒業式の場で発表されました。

この校歌は10年ほどの短命ではありましたが、いまでも日中OBが集えば、 母校への思いと同窓との絆を深めるものとして熱く歌われております。 作詞はかつての日本を代表する詩人のひとりであった福田正夫氏、作曲は 音楽教諭であった関平三郎氏によるもので、力強い旋律です。

 曲は3番まであり、 1番は「理念と伝統を継承した松原新校舎での志」を歌い、 2番は「時代を反映し勇ましく」、 そして3番は「文武両道とブレない姿勢、母校の誇りを高らかに歌い上げ」、まさに現在の校歌としても通用するほどの素晴らしい歌詞に仕上げられております。

写真は、昭和10年代、この校歌と同時代を過ごした生徒たちの姿を中心に構成しました。 また杉浦先生絵画をはじめ、一号館・正門前・北側出入口・木造棟・校庭など、現在でも往時と変わらないキャンパスの佇まいも各所に散りばめました。
これを見るに母校には時を超えた先人たちの思いがいっぱい詰まっていると 改めて実感いたします。 視聴の際はこうした点にもぜひご注目ください。

最後になりましたがMove制作にあたり、この度も学園および梅窓会関係者に多大 なるご協力をいただきました。深く感謝申し上げます。

参考資料 日本学園HP「沿革」 日本学園「百の年輪」

梅窓会 広報部会

2011年5月8日日曜日

日学バスケットボール部ファンに続報!

関東大会の出場はAブロック準優勝で決定した日学だが、
実はインターハイ予選シード権決定も兼ねた大事な試合が残っていたんだぜ!

参考までにA~Dブロックの優勝校・準優勝校は・・・

Aブロック-八王子高校・日本学園高校
Bブロック-國學院久我山高校・帝京高校
Cブロック-実践学園高校・足立学園高校
Dブロック-東洋大京北高校・成立学園高校

去る5/4・5、上記各ブロックの準優勝校(青文字)が5位を目指す過酷な戦いが繰り広げられた!5位になればインター杯シード権が確定する。我が日学は5/4のBブロックで帝京と激突!86:66で見事勝利。そして翌5/5子供の日、5位決定をかけた足立学園戦へ。

しかし結果は102:67と惜敗を喫してしまった。う~ん残念・・・だが昨年の日学が7位であったことを思えば、今年の6位は大きな前進だ!優勝も完全に射程距離に入ってきたぜ!フレーフレー日学!頑張れ日学!



S34卒 バスケ部OB会 髙橋

5月度運営委員会 開催のお知らせ

平成23年度5月度の定例運営委員会を下記の通り開催いたします。
ご参集の程、よろしくお願い申し上げます。

日時:5月14日(土)14:00~17:00
場所:木造棟会議室(日本学園構内)

当日の主な報告・審議事項
*各部会(総務・広報・組織・会計・企画)活動報告
*三長会報告
*平成23年度予算及び事業計画について
*6月梅窓会総会・懇親会の準備について
*会報秋号(76号)以降の発行部数について
*梅窓会用封筒のデザイン変更について
その他・報告・審議事項あり

運営委員以外の方も自由に参加できます!


梅窓会 広報部会

2011年5月6日金曜日

日学バスケ部、関東大会へ出陣決定!

去る5/3(火・祝)関東大会進出をかけた準決勝・決勝戦の火蓋が切って落とされた!大会会場が急遽、世田谷学園のコートになり、風雲急を告げるムードの中、対専修大附属高校戦では102:69で勝利!関東大会進出が決定した!

続く決勝戦の相手は過去11年間、関東大会連続出場の強豪、八王子高校だ。相手にとって不足はないぜ。八王子高校は13:00から行われた対世田谷学園戦では75:115と圧勝。一方、我が日学は対専修大附属高校戦(準決勝戦)が14:30からスタートしているため、17:30から始まる決勝戦まで許された休息時間はわずか90分しかない・・・。

そして迎えた決勝戦。八王子高校は身長2mを優に超える選手を筆頭に195cm、190cmクラスが多く、タッパの高さに翻弄された戦いとなった。

第1Q:お互い3Pシュートの応酬で22:26の僅差。
第2Q:相手は高さにモノをいわせてシュートの精度、リバウンドの獲得率に勝り32:57と苦戦。
第3Q:49:82に徐々に引き離される。
第4Q:68:111の大差で惜敗を喫する!嗚呼無念!

しかし、我が日学バスケ部は関東大会出陣が決定した!みんなで応援に行こう!合戦地は富士の裾野、甲斐國は山梨県・富士吉田市の予定だ。日程・会場・対戦相手が決定次第、梅窓会ブログでお知らせするぜ!




S34卒 バスケ部OB会 髙橋 

2011年5月2日月曜日

日学バスケファンに緊急連絡と5/1試合結果報告!

①緊急のお知らせ!

5月3日(火)試合コートが急遽変更になったぜ!
武蔵野総合体育館から

世田谷学園体育館に変更!
<東急田園都市線「三軒茶屋」下車>

時間:13:00準決勝戦
     17:00決勝戦


5月1日(日)試合結果報告(於:日学体育館)

12:00~対都立富士高校戦<102:63>日本学園勝利!
16:30~対安田学園高校戦<107:83>日本学園勝利!
                         BEST16決定!!

破竹の勢いで見事、二連勝を飾った日学バスケ部!
志魂一躍! 疾風怒濤のプレーで勝利をキメろ!
さあ、次は5月3日(火)だ!
日学バスケファンのみんな!世田谷学園体育館で待ってるぜ!

紫紺の部旗の下、風の如く、火の如く、技とパワーがスカッと炸裂! 

体育館1/2を埋め尽くした日本学園応援団が試合を盛り上げる! 

S34卒 バスケ部OB会 髙橋

2011年4月29日金曜日

「漢の花園」Vol.11卯月

みなさまこんにちは。時はまさに春爛漫、日によっては初夏を思わせる季節となりました。日本学園の森も今が花盛り。あ・ここにも、あそこにも!といった具合に可憐な花々が咲き乱れ、男だらけのホットなキャンパスを香しく中和しております。従って今回ご紹介する草花は氷山の一角。続きは来年のお楽しみ・・・。加えて私、今月は仕事が殊のほか多忙で、いつものように調査・解説する時間がございません。え・アンタの五月蠅い解説はいらない?・・・そうでした・・・もうすぐ五月でした・・・

スミレ(菫:スミレ科)

ハナカイドウ(花海棠:バラ科)

スノーフレーク(鈴蘭水仙:バラ科)

オトメツバキ(乙女椿:ツバキ科)


広報部会 S56卒 永澤

2011年4月25日月曜日

スペシャルサイト「我ら日校健児」第3回<前編>配信!

激動の時代を乗り越えてきた日本学園OBの自伝・インタビューを掲載するスペシャルサイト「我ら日校健児」第3回を配信いたします。物語はいよいよ海軍へ。堤氏は第2回配信時と同様、往時の青春時代を在りのままに伝えたい、という願いを込めて加筆・推敲を行ってくださいました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。海軍での物語は堤氏の自伝であると同時に、戦争を知らない戦後世代の同窓生、在校生諸君にとっても貴重な時代の証言に他なりません。今回は、この貴重で膨大な証言を第3回<前編>・<後編>の2回に分けて配信いたします。また、広報部会では堤氏在校中の校歌である「旧制日本中学校校歌」のYouTube版を制作いたしました。ぜひご覧ください。

梅窓会 広報部会


海軍時代                   

堤  健 二(昭和19年 日本中学校卒)

第二集では日本中学入学に始まり、海軍飛行予科練習生として入隊に到る私の学生生活の一端を紹介しました。人間教育での出発は先ず「大日本人たれ!」と言う人格教育に始まり、恩師の方々の優れた教育理念に燃えた指導、生涯続いた友情に満ちた友人達との交流、予備校での先取り教育と、更には切迫する国際社会環境のなかでの自己思想の確立が如何に成されていったか、読書等々含め日本中学でのユニークな教育のもと少年から青年へ向かっての人格形成の模様を紹介させて貰いました。かくて私の気力、知力そして体力も自分なりには素晴らしい成長を遂げることができたと思います。その精華は、青年の決意に繋がり、近づく近代戦が制空権で決せられるのであれば、「今こそ学舎を出てその一点に集中して己を鍛錬し、生死を懸けてでも国が直面する決戦の場で勝ち抜いてみせるのだ」と。それは最先端航空技術の戦いであり、己の知力・技術力・生命力の総力をぶつけた闘いとなると自覚していた。

品川駅を発車して海軍飛行予科練習生入隊第一歩は三重航空隊で始まった。それは予想を上回わり、まるで忍者の修練を思わせる機敏さと厳しさで一般学、課業実務、体育実務と遠慮会釈無しの叩き込まれ方で進められた。例えば分隊士による一般学『艦船運用』の講義が終わった途端に、「よし!開け!」の分隊士号令一下、さっと隊伍と歩調を整え、『ばっ、ばっ、ばっ、...』と韋駄天走りで次の講義に駆け付け、着座するときは呼吸一つ乱す者はいないといった調子の毎日です。平常心と平常態の錬磨と言ったところです。かくて海軍軍人としての基礎学習・修練を終える頃には、一応外見上は立派な面魂と自信に満ちた軍人としての出発となるわけです。

三重空より転属して土浦航空隊で予科を終了。鉄の魂と基礎学習そして搭乗員として耐え抜く体力が具わったところで、いよいよ飛行練習生実務につくことになったのですが、なんとその「厳しさは海軍きってと有名」な水上機偵察基地の鹿島空だと言うのです。厳しかろうが何であれ寧ろ本望だと腹を決めた六ヶ月の飛行訓練を経ると、厳しい訓練に腹も据わって、更に呉空での午前中は艦カタパルト発着艦訓練、午後はドイツ語学習・暗号受発信解読訓練を経ること三ヶ月、纏めは佐世保通信隊に於けるドイツ語暗号信号受発信解読実務三ヶ月で終了、そしていよいよ南方行きかと腹を決める頃、なんと案に相違して鹿島空偵察・情報連絡任務と言うことで再度鹿島空に着任した。

任務は偵察写真班所属で隔日鹿島灘・東京湾の主としては敵潜水艦、スパイ船など海上状況の偵察通信連絡と写真撮影現像、そして帰隊後の電送写真現像であった。そしてこの間、戦局が益々悪化するに従い、本土決戦準備と言うことで水上機部隊の主力は、偵察任務用の最低数を除く大部分が、当霞ヶ浦周辺では霞ヶ浦・北浦仮設格納庫退避処理となり、飛行場発着デッキは「ガラーン」と静寂まりかえり、更に敗戦色濃厚となった昭和二〇年三月に入ると偵察任務は解かれ、新たに霞ヶ浦空での飛行学生初級同乗飛行任務となり、そして終に二〇年八月十五日終戦を迎えることになったのです。

詔勅の後も、尚一週間ほどは若い士官達は戦争継続を叫び隊内を抜刀巡回して不幸な死者、負傷者が出る騒ぎが続いたが、やがてはこれも鎮圧され、将兵の帰郷整理もその頃には終了して隊内はがらーんとした静けさが戻った。貧乏籤を引いたが私は飛行機解体処理・設備・備品など引渡整理など米第八軍による非軍事化処理を済まし、さて今後はどうするかなど考えたが、一階級特進しての残留軍人として待機の話も、本来職業軍人を選ぶ意志はない私なので断り、結局ひと先ずは岡谷に疎開中の両親の下に無事な顔を見せたうえでの事と、霞ヶ浦航空隊を米軍第八軍接収隊将兵数名に見送られて帰郷の途についたのは十二月五日のことでした。思いは複雑で様々でした。犠牲者のみ多い、しかも総てを失った戦争が終わり、でも私は今生き残っている。三重空を振り出しに霞か浦空まで七回に及ぶ転属を経験し、その間様々の戦友と出逢い共に修練を重ねながらも別れを重ねてきて、今彼等の概ねは恐らく戦死し消息を断ってしまったのだ。気の重いことである。彼等の魂が今一体何処に彷徨い、何を考えているのであろう?そしてこれからの私は?などなど考えながらやがて岡谷に向かったのです。

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