●撮影者は東條写真館の東條卯作。東條写真館は創業者・東條卯作がいまから100年前の明治45年(1912年)麹町に写真館を開業、現在も同じ場所で写真館を営業している日本を代表する写真スタジオの老舗です。(同じ経営の結婚式場で有名な東條会館がありました。ここで結婚式をおこなった日学OBもいるのではないでしょうか。現在は営業していないようです。)
●東條写真館のホームページで調べますと、東條卯作のポートレートで根幹となるのは、撮影時のキャラクターへの洞察力とその人物の内面がにじみ出る瞬間にシャッターを切る一発必中の技であり、その卓越した技は現在まで受け継がれております。東條の抜きん出たフォト技術は、政財界はもとより皇族の方々からも、高い評価をいただいております。・・・とあります。杉浦重剛先生がここで写真を撮られた理由がわかります。
●そしてもうひとつの理由が、半蔵門にあった「日本中学校」の校舎から道路を隔てた真ん前に東條写真館があったということです。日本学園の前身「東京英語学校」が神田大火による類焼のため、神田錦町から半蔵門外の麹町山元町に尋常中学校として再建。日本中学校と改称したのは明治25年(1892年)。大正5年(1916 年)に新宿淀橋に移転するまで間に 杉浦重剛先生がここでこの写真を撮られたことがわかります。なお昭和50年ごろ私用で東條写真館に伺った時、写真をベースにして油絵で描かれた杉浦重剛先生の大きな肖像画が飾ってありました。なんでこんな所に杉浦重剛先生の絵が!・・・戸惑いと同時に大いに感動したことを記憶しております。今思えばあれもこの肖像写真を撮影した時期に描かれたものではないでしょうか。
●この貴重な歴史ある杉浦重剛先生の封筒入り写真は、学園の資料室にて公開する予定です。
1 件のコメント:
貴重なお写真をよくぞ入手していただきました。とても精緻に写っていますね。杉浦先生の秘めた眼力がとてつもない・・。
写真の立体感も素晴らしいです。半蔵門校舎時代の情景が思い浮かぶ詳しい解説ありがとうございました。
コメントを投稿